恵まれているからこそ、全力で社会に還元する。

代表・岩本が語る起業の原動力

代表取締役/CEO

岩本 稜平

ALWAYS KEEP EVOLVING.

未経験からエンジニアを自社で育て、その成長とともに事業を拡げてきた株式会社PRUM。社員は100名を超え、今期で創業7期目を迎えました(2026年5月現在)。今回は代表の岩本に、PRUMを起業したきっかけと、その原動力について語ってもらいました。

「自分だからこそ成し遂げたい」―ベトナムで気づいた、恵まれた自分

まず、PRUMを立ち上げた理由から教えてください。

正直に言うと、共同創業者と「どんな会社をつくろうか」と話していた当初は、エンジニア領域で行こうと決めていたわけではないんです。社会の課題を解決できれば、極端な話、何でもよかった。

ただ一つだけ決めていたのは、直接お金を稼ぎにいくんじゃなくて、「自分たちがつくった会社やサービスがあったから、誰かの課題が解決できた」と思える事業をやろう、ということ。今はそれがエンジニア育成という形になっていますが、根っこにあるのはそこなんですよね。

もう一つ、「これ、自分がやらなくてもよくない?」と思える仕事には意義を感じないんです。誰がやっても同じ仕事じゃなくて、自分だからこそ成し遂げられた何か。それをやりたい。

「自分だからこそ成し遂げたい」という思いには、原体験があるそうですね。

26歳くらいのとき、めちゃくちゃ働いてお金を貯めて、「世界一周してくる」と飛び出したんです。途中、ベトナムで一泊二日のクルーズツアーに参加したんですが、ガイドのベトナム人が英語がすごく流暢で、ジョークで欧米人を笑わせるような人で。その人、なんと20歳だったんです。日本の20歳で一人で英語のツアーガイドをやってる人なんて、まずいない。だからすごく努力したんだろうなと思って。

そのガイドと仲良くなって色々話しているうちに「いいなー世界一周なんて羨ましいよ」と言われたので、つい言っちゃったんですよ。「俺、2年間1日も休まず働いて金を貯めてきたからね」って。そしたら「いやいや、こっちは16歳から1日も休まず働いてるわ」と。「金もないし、親と兄弟を養わなきゃいけなかった。2年働いて世界一周に行けるなんて、すごくいいね」って言われたんです。

ハッとしました。自分がすごかったわけじゃない。ただ恵まれた環境にいただけだったんだ、って。日本で素敵な両親のもとに生まれて、職業選択の自由があって、もし働けなくなってしまったとしても失業保険まである。世界で一番恵まれた環境に自分はいた。それにようやく気づいたんです。だからこそ、「恵まれてたからできた」じゃなく、自分の努力で何かを成し遂げてみたいと思いました。それが今の僕につながる原体験の一つですね。

「同じ人間がやれてるんだから、自分もやれる」―意思に変えて踏み出す力

前に進む力は、どこで身につけたんでしょうか。

僕、大学卒業まで目的もなく生きてきたんですよ。それが大学3年のインターンで仕事の面白さに触れたことで、人生がガラッと変わり始めました。自己啓発本やビジネス書を読み漁って、成功者が何かもよくわからないまま「俺は絶対に成功者になる」と誓って社会人になりました。

そこから「どうやったらうまくいくか」をずっと考え続けました。すると、それがいつの間にか夢や願望じゃなくて「意志」になるんです。そこまで固まると、新しいチャンスに巡り合ったとき、見切り発車くらいの早さで一歩目が踏み出せます。

ヤフーで働いていたとき、先輩に「部長以上は引く手数多な化け物ばかりだから、たくさん話しなさい」と言われて。入社3ヶ月で「誰こいつ」って感じなのに、翌日から部長以上に片っ端からDMを送って1on1してもらったんです。教わった通りに動いたら、評価もすごくもらえた。「自分にはできない」と思う人が多いですけど、「どうなりたいか」を考え続けて意思に変われば、当たり前にやれちゃうんですよ。

行動の源泉にあるのは何ですか?

根本は「自分を信じる力」だと思います。みんな最初は「自分は特別だ」と思って生まれてきて、人生のどこかで「あ、自分も普通の人かも」となっていくじゃないですか。でも僕、いまだに「俺は特別な存在だ」って思ってるんですよ(笑)。いい意味での勘違いですよね。「同じ人間がやれてるんだから、自分もやれるでしょう」と思える。

やれると思わないと、やれないですからね。人生、山あり谷ありで、うまくいかない時期も超長かったし、今も失敗だらけですよ。でも、まあやれるでしょう、と。

生まれ持った「特別なもの」を挙げるとしたら?

究極の「負けず嫌い」なんですよ。

中学のバスケ部は、同期12人が3人まで減るくらいハードな部活だったんです。それでも3年間耐えられたのは、「負けるのが嫌」「逃げるのが嫌」だったから。今も社会人バスケで現役の大学生にボコボコにされますけど、50点差で負けてても、僕だけは最後の一秒まで「絶対逆転してやる」と思って戦うスタイルです。母いわく、「生まれた瞬間から今の性格だった」って。最初から、やりたいことをやらないと気が済まない性格だったんでしょうね。

スキルは後から身につく。だから「人間力」と「GIVE」を大切にする

PRUMでは人間力やマインドを大切にしていますが、これにも原体験があるのでしょうか。

僕、人間力が全然なかったんですよ。一社目は未経験で入って、何もない自分を育ててもらったのに、その会社を悪く言っちゃったこともあった。ヤフー時代も、自分を強く見せたくて人の悪いところを見つけて下に見たり、うまくいかないと人のせいにしてしまうことも多かった。プライベートも含め、まだまだ道半ばなんです。

ただ、一個一個、振り返って反省しながら直してきた。人なんで、絶対に失敗するし、言っちゃいけないことも言うし、ミスもする。でも、そこから反省して立ち上がれるかどうかが一番大事だと思うんです。

スキルを一つ身につけることには、みんな躍起になって頑張る。でも、自分の人間性に向き合って直そうとする人はあまりいない。他責思考の人が自責で捉えられるようになるだけで、プログラミング言語を一つ覚えるよりはるかに大きく変わる。スキルは後からでも身につくから、人間として成長すべき部分にちゃんと目を向ける。そのほうが、人生も仕事も近道なんです。

自分の弱さを、そこまで認められるのはなぜでしょう。

24歳で実家を出るとき、母に言われた言葉が今も刺さっているんです。当時の僕は仕事をガツガツやって、自分に自信があった。そんな僕に、母はこう言いました。

「あなたは今、自分が強いと思ってるかもしれない。でも、みんなが勉強してたとき、あなたは何も勉強してこなかった。みんなが真面目に学校に行ってたとき、あなたは不登校だった。誰でもできることをあなたは何もできなかったんだから、自分が誰よりも弱い人間だってことを忘れずにいなさい」と。

「たしかにそうだな」と思いました。今でも、誰でもできることが僕にはできないことが、めちゃくちゃいっぱいあるんですよ。それに気づいてから、周りへのリスペクトができるようになったし、人のできないところを見てバカにすることもなくなった。人生が変わった一言でした。

僕自身は何もできないんです。たくさんの人に支えてもらわないと生きていけない。でも、だからこそ、周りにいる人たちは命を懸けてでも幸せにしようと思っているし、頼る分、何倍にもしてお返しすると決めて生きている。これが、PRUMの「GIVE」にもつながっている気がします。

会社のバリューを「GIVE」にした理由を教えてください。

幹部とバリューを考え直すとき、「PRUMで一番成長してる人、一番評価されてる人、一番給料が上がってる人ってどんな人だろう」と改めて考えました。これまでたくさんの社員を見てきた中で、圧倒的に成長して、圧倒的に評価をもらっていたのは「自分からGIVEしようと主体的に動く人」だったんです。

GIVEって、才能じゃなくて「習慣」なんですよ。筋トレと同じ。毎日ちょっとずつ先に差し出す、主体的に動く、を繰り返した人が身につけられる。困っている人がいたら助ける。質問されたら蔑ろにせず丁寧に答える。会議が始まったら、議事録でもファシリでも、その場で自分の役割を見つける。この理念を一人ひとりに浸透させること自体が、僕は一番の教育だと思っているんです。

それぞれのペースで、それぞれの強みを持ち寄ればいい

最後に、未経験から挑戦したいと考えている人へメッセージをお願いします。

僕は本当に、失敗しながら人生を歩んできました。その度に自分も傷ついたし、周りにも迷惑をかけ続けてきた。今も自信をなくすことはたくさんあります。決してきれいな道のりじゃないんです。

それでも世界一恵まれて育ってきたと思っているので、全力・全身全霊で成長して、社会に還元する。恵まれているからこそ、一生懸命働くのは当然だと思っています。

ただ、誰もが僕みたいにガツガツしている必要はありません。それぞれのペースでいいし、それぞれの強みを持ち寄ればいい。PRUMには、いろんな背景を持つ人が集まっているからこそ、お互いへのリスペクトがある。僕はその雰囲気が本当に大好きなんです。少しでもいいなと思ってくれた方は、ぜひ気軽に話を聞きに来てください。包み隠さず、何でも聞いてもらえたら嬉しいです。